luecke

夢見る文系スケートボーディング愛好家

MAGENTA(Vivien Feil & Soy Panday) interview from DANK MAGAZINE

ノルウェーオスロ発のスケート雑誌、DANKの2号目からさらにフランスのMAGENTA SKATEBOARDSの二人のインタビューをお届けします。ライダーでもあるSoy Pandayのドローイングを元にしたアーティスティックなグラフィックに託された想いが読み取れる興味深い内容となっております。9月にMAGENTAの日本国内流通を手がけるKUKUNOCHI CORPORATIONから発行されたジン『LAPOVER』( http://kknclapover.blogspot.com/2011/09/lapover.html )にもこちらのインタビューとかなり重なる内容のインタビューが掲載されておりますが、ファンなら合わせて是非! 

こちらのDANK 第2号はこのMAGENTAのSoy PandayとVivien FeilにGreg Hunt、Nestor Judkins、Chad Muska、スケートボーディングと芸術〜文化論を絡めたSam Griffinのインタビュー、そしてノルウェーのスケーターや音楽などのアーティストも含めて再びセンス良すぎる内容となっております。また今回からは英訳を小冊子にして追加してくれています! 現在、日本のウェブ・ショップ、PANORAMA SHOP( http://shop.pnrm.jp/ http://shop.pnrm.jp/?pid=35861388 )で入手可能ですので是非とも当ブログの翻訳を参考にしつつ、現品を手にとってみて下さい。その際の感動を壊さないように、インタビューに添えられている写真はあえてこちらのブログには掲載しておりませんのであしからず。

MAGENTA
Voluntarily out of tune
from DANK MAGAZINE issue 2, taken with permission

http://dankmag.com/

The pictures from the interview are not shown here on this blog because we want you to actually hold the magazine in your bare own hands and experience its beauty to the fullest. Just get the mag!! You really should.
Original interview by Benjamin Derbert
Translated by Katsushige Ichihashi(Luecke)

コンテストについて、正直でいることは何なのか、
「いわゆるビジネス・プラン」、
パリに実在しているのかよくわからない界隈、
そしてあえてハズれることと真に意味のあることの大切さについて
話をうかがいました。

では、ルーツからはじめさせて。二人が出会ったのはいつ?

VIVIEN FEIL(以下 VIVIEN)_ 俺は初めてSoyに会ったときのことをおぼえているんだけど、やつは俺のことおぼえてないんだ。ひどいよね! 俺の出身地、アルザス地方にある村でコンテストがあってそこで初めて会った。自分が参加したことのあるコンテストって二つしかないんだけど、それがそのうちのひとつだった。だしかランの最中にウィールがはずれたんだよ。

SOY PANDAY(以下 SOY)_ 俺は勝ったぜ!

VIVIEN_ Soyはみんなに嫌われてたよ。なんせスポンサーがついてたからさ。かっこうの憎まれっ子だった(原文はspoilt bastardとなっており、同名の漫画のキャラも存在するのでそれにかけていたかも知れませんが、キャラクターの詳細まではわからなかったのでこのように意訳しました)。

SOY_ でも二回目に会ったのがパリのオーリー・コンテストだったよね?

VIVIEN_ 俺たちコンテストなんて全然出ないのにインタビューの話題がずっとコンテスト続きなのはおかしくない?

SOY_ まぁ、一緒に滑って、その後にVivienをパリに招待したんだよ。たしかその後に学校にいくのもやめたよな? 二年間、ランスとパリを行ったり来たりしてうちのソファーの上で生活してたようなものだったね。当時は二人ともMINUTIA SKATEBOARDSに所属していた。Samir Krimもいて、何回かツアーにも行って、最高に楽しくてツアーの間は笑いっぱなしだった。そのうち弟が一年休みをとって世界旅行に出たからVivienが弟の部屋を使えることになって、その年は我が家の台所で食器が洗われたことはなかった気がする。

VIVIEN_ なんかすべてがSoy界隈でつながっているよね...

Soyのインド人脈?

SOY_ ちがうよ、MAGENTA界隈さ! 

パリにMagentaっていう界隈があるなんて知らなかったよ。

SOY_ あるある。でもあまり大きな声で言わない方がいいよ!

VIVIEN_ そうそう、あるに決まってんじゃん。

では、そこから仲間を集めてすごいブランドを作れたらいいなぁと夢想する段階から実際にはじめるに至った経緯は?

SOY_ そんなのやろうとも思わなかったよ。

VIVIEN_ みんなと同じように、誰かのためにスケートすることにいらだちを感じはじめていた。いつも他人に指図され、こうしてほしいと言われるままに動くことに関してね。

SOY_ 初めてMAGENTAについて話したとき、俺はまだLANDSCAPE SKATEBOARDSにいたんだけど、何枚かそこでデッキのデザインもやらせてもらったものの、いつも思い通りにはいかなかったんだよね。

VIVIEN_ あと、どんなに良いカンパニーでも数年で必ずくそみたいなものに成り下がっていくことを疑問に思っていた。

その点については二年後に改めて話をきいてみたいね。

VIVIEN_ その頃にはもうカンパニーを売っぱらってて、インタビューなんて受け付けない(笑)

まぁまぁ。では実際に始動したきっかけは? 本当にやろうという決心に至ったのはなぜ?

VIVIEN_ 彼女と一緒に7ヶ月間アジアを廻る旅に出たんだけど、その最中に別れることになってしまって、しかもその事実をちゃんと受け止めることもできずにひたすらそのことについて考え込んでいた。そして自分がこの三年間いかにスケートしかしてこなかったか、ということに気付いた。人生をずっとスケートだけで過ごすことなんてできないはずだよね。いつかスケートにも終わりがくるだろう(いわゆるプロ・スケーターとして活躍できる期間は限られているという意味)。それにそもそも俺はスケートしかしない人は自分の能力、可能性を最大限には引き出せてはいないものだと思っていたのにね。スケーターのライフスタイルなんて昼過ぎに起きて、たいして何もしないままに日々を過ごすようなものだろ? きっと彼女は三年間もダラダラしてた俺に飽き飽きしたんだと思う。俺はもう絶望のどん底にいたんだけど「とにかく何かやってみるか!」という感じで思い立ってSoyと、いま一緒にMAGENTAをやってる弟のJeanに話をもちかけてみたんだ。

SOY_ 俺はまだLANDSCAPEにいたんだけど、LANDSCAPEもなんだか停滞していた。雑誌で翻訳の仕事もしていたけれど、そんなの天職でもなんでもなかったし、スケートだけで食っていくには年齢的にも、自分のコンディションからいっても無理が出てきたように感じていた。ずっと絵を描いていてTシャツのブランドをやってみたいとは思っていたからMAGENTAをはじめたのも悪くはないよね。

それが...

VIVIEN_ 一年と一ヶ月前のこと。しかもその短期間の間に俺たちはちゃんと儲けも出せたんだぜ! はじめはきつかった。なんせ午後の二時に起きて、二、三時間スケートにでも行くかな、という生活からいきなり事務仕事まみれになっちゃったからさ。でも思ってたよりもずっと良い感じになってきたよ。今年の一月からは全員にちゃんと給料も出せるようになった。スケーターから何かしら関わってくれた人たち全員にね。それにストレスにもどうやって対処すれば良いのか少しずつわかってくるし。もういちいちパニックを起こさなくなる。

一大決心をするときに、誰か目標にしたり、影響を与えてくれたような人はいる? 

SOY_ 同じ時期にLove(Love Eneroth)が仲間とBELLOWSをはじめたのは俺に大きな影響を与えたね。インタビューで彼が「俺はずっと絵を描いてきたけど、カンパニーをはじめようと思ったときに初めてフォトショップインデザインのレッスンを受けてみる気になった」と発言していて、その言葉にすごく共感した。そういう技術的な知識も必要だと感じたわけだ。俺はまだLANDSCAPEにいたけど、何も動いてなくて俺もそのまま失速していたように感じていた。そこでLoveが俺も五年間あたためてきた(あるいは実現できずにいた)アイディアを実現しているのをみて「よし、絵なら俺にもある。次はそれを印刷したり、商品にしていく技術を身につけなきゃ」と思えたわけさ。

VIVIEN_俺は当時よくニューヨークに行っていて、Jahmal Williamsがちゃんとしたフルタイムの仕事にも就きつつ、自分で営業から何までこなしてHOPPSを運営しているのを見て、俺にもできるんじゃないかと思えた。

SOY_ Pontus(Pontus Alv)と話せたのも大きな後押しになったね。彼は常に「何かをやってみろ」という人だから。

VIVIEN_ そうそう! 弟のJeanと彼を訪ねたことがあったんだよ。彼がそれこそ百万個のプロジェクトを全部ひとりでこなしているのを目の当たりした。「今度こんなのとかあんなのを作ろうと思ってる。この場所、この期間」という感じのメールをとりあえず一斉送信して、誰かが手伝いに来る、来ないに関わらずスポットを作ってしまうんだ! JahmalやPontusのような人たちに会ったら自分が単に自分で作り上げたルーティーンの中にはまり込んでいるだけであって、本当はいくらでもやれるはずなんだと思い知らされるよ。カンパニーをはじめるときはみんなに「儲けは諦めろ」と言われたものなんだけど、儲けは出るよ。死ぬほど働けばね! なんかアメリカのB級映画に出てくるセリフみたいだけど、ケツを上げれば事は成せるんだ。

SOY_ それにどんなことになろうとも、君の人生においてはやって良かったと思えるものになるに決まってるんだから。誰だっていつかは本の一冊でも書いてみるつもり、なんていうけど、実際に書く人なんてほとんどいないだろ。

実際にここまで来てみて、最初に思い描いていたアイディアとくらべてみてどう?

SOY_ 頭の中に思い描いていたのは、実績を重視するようなカンパニーにはしないことだった。それはスケーティングもしかり、デザインに関してもしかりで。

VIVIEN_ スケート・カンパニーの3/4は「人柄とかセンスの善し悪しはどうでいいからとにかくスケートのうまい奴を10人集めよう。案内役と一緒にヴァンに乗せてツアーをして、撮れたフッテージ(スケート映像)をウェブにあげよう。それを見ればみんなが夢中になってくれるだろう。あとはデッキやTシャツに我が社のロゴを印刷すればバンバン売れるに違いない」という調子のビジネス・プランを元に動いている。でもそんなものにはなんの意味も中身もないだろ? 多くのブランドはロゴやそれこそチームのメンツを変えてもなにも変わらない程度。だから僕たちは正直に、誠実にやりたかった。たとえば、僕たちは所属するメンバー以外の人たちとも滑る。サンフランシスコに行けばそこで一緒に滑った人もビデオに登場する、ということ。僕たちはみんなの地元のスポットを破壊しにきたスーパーヒーローとか戦隊じゃないんだよ。そんなことがしたいわけじゃないんだ。僕たちの目標は、人が友達と一緒に滑るときに得られるあの感覚を記録に残して、みんなに見せてあげること。その友達がそんなにうまくなくても、そいつが自分にできることをやっていて楽しんでいるんだったら、僕たちはそれを撮って作品で見せていくよ。でも、そういうことを理解できない人もたくさんいるよね。それでも僕たちはただ本当に起こっていることだけを見せていきたいんだ。ただ正直に、誠実にね。

SOY_ すごく人間味があっていいと思うんだけどね。

VIVIEN_ 誰をチームに入れたいかを考えたときにも行き当たったことなんだけど、誰かと滑ったときにそいつがすごくうまくても、そいつの目指している方向が完全にパフォーマンスとか実績を中心とした文化に根付いてしまっていることがわかるとだめなんだよね。スケートボーディングはただヴァンに乗ってどこかに連れて行かれてトリックをきめることを意味するわけじゃないんだよ。なにかしらパフォーマンスできるのは素晴らしいことだよ。なにかできる能力があって、それをやってのけるのはすごいことだけど...

SOY_ でも、それが第一のゴールってわけじゃないんだ! たとえばあるスポットがあった場合、そこではそれまで誰もやったことのない難しいトリックをきめなきゃいけないんだと思い込ませようとしている今日のスケート業界において、何か他の選択肢を作りたいんだよね。もっと「簡単」なトリックだったとしても、そのスポットをよりうまく使っていればいいじゃないか、という風に。

VIVIEN_ あと、やり方も大切だと思う。僕らのやってることに共感してくれないような人たちからいつも聞かされるのが、MAGENTAが「限界に挑んでいない」ということなんだけど、スケートボーディングが進化するのは誰かがバーシー・ブロックでバックサイド360キックフリップをきめてくれたおかげなのかい? スケートボーディングを本当に押し進めているのはきっとデッキを持って家を飛び出して、満面の笑みを浮かべて家に帰ってくるスケーターひとりひとりだよ!

カンパニーをはじめたときにグラフィックのデザインに関してきちっと方向性を決めていた? これまで発表されたシリーズにはそれぞれ一貫したテーマがあったように見えるんだけど。それこそ最初のシリーズから。

SOY_ いや、ただやりたいと思ったことをやってきただけだよ。二人ともシンプルなグラフィックが好きだったから。でもそれぞれのデッキのグラフィックに何かしら裏の意味もこめるようにはしてるよ。

VIVIEN_ 面白いのは、僕らがもう回りのカンパニーのやってることなんて全然把握していないことなんだよね。たとえば、この冬に作ろうとしていたシリーズをたまたま立ち寄ったLeo Vallsがみて「それ、もうCHOCOLATEがやってるよ」なんて言われたくらい。締め切り直前に変更を余儀なくされたよ。しかもそのCHOCOLATEのシリーズはもう四年も前に出ていたらしいよ! グラフィックにはそれぞれのライダーに沿った意味を持たせようとしている。あの古い楽器のシリーズなんかもそう。基本的には僕らがいかに時代からはずれた、調子っぱずれな連中なのかを示したかった。あとはいろんな街を象徴する建物とかを使ったシリーズとか...

SOY_ それにアニマル・レースのシリーズ... 

VIVIEN_ そのアニマル・レースのシリーズは参加させられる動物がはなから勝てっこない競争に巻き込まれている状況を描きたかった。だってタコなんて、どんなレースで勝てるって言うんだい?

SOY_ 競争になったらMAGENTAは勝てる立場にはいないんだということを描写したかった。

MAGENTAはチームに所属していないライダーにもよくゲスト・ボードを作るよね。その人選はどうやって?

SOY_ みんな仲間なんだよね。好きなようにドリーム・チームを組めたら絶対にメンバーになってもらいたいような。

VIVIEN_ そうそう、Pontusとかね。

SOY_ それにJan KliewerとかJack Sabback。

VIVIEN_ 次のゲスト・ボードはGuillaume Noyelleになる予定。僕らの親友なんだ。

明日からPALACEとRADIO SKATEBOARDSとのツアーに出るんだよね。やっぱり小さなカンパニー同士、協力しあっていくべきだと思っている? それともそういうところぐらいしか電話をしても相手にしてくれない、ってこと? 

SOY_ そういうわけじゃないけど、いま面白いことをやってるカンパニーって彼らぐらいしかいない気もするよ。

VIVIEN_なにかアイディアがあるときは本当に共感できる人にしか打ち明けるべきじゃないと思う。それに五日間もユースホステルで連泊するなら気心の知れたやつらと行く方が良さそうじゃない? でもさ、やっぱり自分のところの新しい天才児の売り込みに躍起になってるような会社よりもPALACEやHOPPSみたいに本気の人たちが裏で支えているのがわかるようなところをサポートしてあげたいと思うものだよね。

*以下はDANK誌上で紹介されているMAGENTAのデッキ・シリーズの添えられた説明分の訳となります。ご参考までに;

Guest Jan Kliewer - Music series(本誌 P.109 上)
第二シリーズから僕らの友達のJan Kliewerのゲスト・ボード。このシリーズはデッキのボトムが白で統一されている。派手な色や逆にダークな雰囲気を好むとされているキッズ達からは不評を買うだろうと予想はしていたが、自分たちがただキッズにデッキを売り込むのに必死になっている多くの会社とは違うことを示したかった。大人の自分たちが良いと思ったものを作りたいんだ。もしもそれをキッズ達も気に入ってくれたら、それはそれで良いことだと思う。たとえ理解されなくて、デッキを買ってもらえなかったとしても、少なくともキッズ達は見慣れたものとは違う商品を目にすることはできるわけだ。

Guest Jack Sabback - Headless series(本誌 P.109 下)
このヘッドレス(頭の無い)・シリーズは2010年の春に僕たちの最初のシリーズとして発売されたもの。最初から自分たちのデッキはこれまでに他のカンパニーから発売されてきたものとは違うものにしたかった。と同時にパッと見ただけでMAGENTAのものだとわかるようにもしたかった。僕たちが発売するどんなに小さな商品と同様、このシリーズもすべて手描きのグラフィック。そしてプロ用のデッキのボトムとトップのプライ(スケートボードのデッキは何枚か板を圧縮して貼り合わせた合板でできていて、それぞれの層の板に違う色をつけることができる)に特別に濃い木目の色の板を使っている。そしてプロ用のデッキはさらに必ず丸いロゴ・マークと裏面の濃い木目の上にMAGENTA SKATEBOARDSとプリントされているが、そのプリント場所はほぼすべてのデッキが同じ場所に統一されている。この最初のシリーズではどのデッキのキャラクターも、まるではじめからそんなものがなかったかのように頭が消えているデザインとなっているが、これは一般の人からは「見えていない」スケートボーディングの側面に自分たちが共感していることを表現したかった。いまや巨大化し、テレビにまで登場して誰もが目にするメイン・ストリーム(主流)とは違うんだという事を意味している。そして当初から滑りとその人格がいつも僕たちに刺激を与えてくれるような友達だけど、残念ながらチームには入ってもらうことができないようなスケーターにもゲスト・ボードを作りたいと思っていた。たとえばJack Sabbackはすでに他のブランドに所属していた。また、僕たちは現時点ではまだ小さなカンパニーだから好きな人を全員チームに入れてサポートをしてあげるようなことはできないからゲスト・ボードという形をとることにしたんだ。すでにチームにいる数名に精一杯のサポートをしてあげることに全力を注いでいるからね(たとえば給料とか、各人のツアーの予算など)。

Jimmy Lannon - Animal Race series(本誌 P.110 上)
スケートボーディングはこの数年の間にすっかり体育会系のスポーツになってしまった。スケートボーディングのもつ自由、美学、スタイルや概念の重要性よりも競争やトリックの危険度、難易度の方が上だとでもいうような勢い。このアニマル・レースのシリーズではスケートボーディングをそういった競争の中に押し込めることがどれだけ馬鹿げているか、そしてスケートボーディングの持つ美しさや個性はそんな世界には存在しないことを表現したかった。それぞれのデッキは競争に参加させられる動物が描いてあるけれど、どの種類の動物も競争なんてできないし、そもそも競争なんてものには自ら参加することがないようなものばかりなんだよ。描かれているのは熊、象、キツネザル、フラミンゴにタコ。そしてこのデッキは初のアメリカ人ライダー、フロリダのJimmy Lannonを迎える記念すべき一枚でもある。

Soy Panday - Monument series(本誌 P.110 下)
モニュメント・シリーズは各ライダーのホームタウンか、彼らが人生でもっとも多くの時間を費やして滑っている場所を象徴する建造物をモチーフにしている。バルセロナなんかに行って完璧なスポットを探すのではなく、自分の住んでいる街を徘徊してすべてを把握し、そこで滑っていればその人の滑りはその街の道や建物に形作られて、街の一部、その延長上の存在と化す。そのことをこのシリーズが表現しているわけさ。君をスケーターという存在に作り上げた街をレペゼンすること。ここでSoyのデッキを紹介することにしたのは僕たちがパリを拠点とするカンパニーであり、パリという街の存在が僕らに大きな役割を果たしているから。

Leo Valls - Monument series(本誌 P.111 上)
さらにLeoのデッキを取り上げたのは彼がものすごくボルドーのストリートに形成された滑りをするから。とくに街の中心部の滑らかな大理石の路面の影響が大きい。彼のパワースライド系のトリックのいくつかは他の街だとここほどはうまく機能しないほど。シグネーチャー・デッキにはいつもそのスケーターの性格や特色を盛り込みたいと思っているから、Leoのデッキは暗い青とノーズ(デッキの先の方)についた月で夜の風景を表している。Leoは夜に滑るのが大好きだからね。

Soy Panday - Singer series(本誌 P.111 下)
これは最新のシンガー・シリーズ。みんなひとりずつ好きなヴォーカリストを選んでデッキのデザインにした。Soyはこの数年間ずっと聴き続けているIron & WineというユニットをやっているSam Beamを選んだわけだけど、デッキにはそのアーティストの名前をとくに明記していないから知らない人が見るときっと神様かなにかにしか見えないんだろうね...




美しいデッキの数々に込められた想いを知るとさらに好きになってしまいます。Pontus AlvがPOLAR SKATE CO.をはじめていなかったら僕はきっとPALACEやMAGENTAを手に取っていた気がします(FOSやStefan Marxのアートワークももちろん捨て難いのですが!)。そして自分が共感するブランドがなにかしらつながっていることにも感動と、ひょっとしてそこからさらに自分もそこにつながっているんじゃないかという勘違いさえも憶えてしまうのです(笑)
また東京〜中野のFAT BROS/FESNや大阪のTBPRとのつながり(DVD『Minuit』も最高でした!)でフランス、というかMAGENTAを通して局地的にボルドーやパリが東京や大阪と地続きになっていくような感覚にもすごく興奮したものです。これからもどんなプロジェクトが実現されるのか楽しみでなりません!
http://www.magentaskateboards.com/
http://dankmag.com/