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夢見る文系スケートボーディング愛好家

STEFAN MARX interview『Spring ins kalte Wasser』

当ブログ、初となるオリジナル・インタビュー企画! NO.12 GALLERYとUTRECHT/NIEVESによるジン・イベント「ZINE LIBRARY 2」で来日したStefan Marx氏。 超脱力したタッチのイラスト、ユーモアとペーソスあふれるタイポグラフィ、そしてそのキャラクターをスケートボート用のランプやカーブ・ボックスにしてしまう自由すぎる活躍がたまらなく魅力的なドイツのアーティスト。 僕自身はStefanをスウェーデン人スケーターPontus Alvを通して知りましたのでスケートボード関係の話もあれこれ聞いてみました。 日本でもBEAMS Tや音楽レーベルMULE MUSIQとのコラボでじわりじわりと人気を博しているStefanのインタビュー、是非お楽しみ下さい。

___今、ハンブルグを拠点に活動されていますが、生まれ育ったのもハンブルグなのですか?

Stefan: 生まれたのはシュワルムシュタッドの病院、僕が育ったトーデンハウゼンの近く。

___「Todenhausen」というジンも作っていましたが、そこで生まれ育ったんですね。ではハンブルグに来られたのはいつですか?

Stefan: 2001年に大学でハンブルグに来たんだ。その前に社会奉仕でケルンに行っていた(ドイツでは18歳から兵役につくか、代わりに病院や学校などで一定期間の社会奉仕をする義務がある)。2年間、いや当時は13ヶ月だったかな、自分がそういう義務を果たさなければならないのを最初はバカらしく思ったんだけど、今にしてみれば自立への予行演習になってくれてよかったと思う。家を離れて職務につく場合には家賃が出たりして経済的な援助もあったし、アビトゥーア終了後(大学への進学資格。日本で言えば高校卒業にあたるが、この成績いかんで進学できる大学が決まってくるので非常に重要)に家を出て一人暮らしをするプロセスを助けてくれたと思うよ。その社会奉仕の間に自分の足だけで立つっていうか、1年間親元を離れて自分を試してみることができるんだよね。ケルンのJugendkunstschule(美術学校)で用務員とか教材管理みたい仕事をしてたよ。

___その後、ハンブルグでも美術関係の大学へ進んだのですか?

Stefan: タイポグラフィと哲学、特に都市形成に関わる文化論や建築論、哲学を勉強したよ。

___なんだかスケートボーディングのにおいがするじゃないですか。

Stefan: そうだね、当時就いた教授が僕がそれまでに出会った中でももっとも賢くてすごく面白い人で、僕があれこれスケートボーディングについての事象を取り上げても聞く耳を持ってくれてね。彼にとっては知らない世界だったし、街をクルーズすることでまったく違った形で都市を体験できることにも興味をもってくれていたよ。彼は「スケートボーディング、空間、都市__身体と建築」の著者、イアン・ボーデンとも知り合いで僕もその本に自分の体験を絡めて研究をしたこともあるんだ。

___スケートボードに出会ったのは何歳の時だったのですか?

Stefan: 初めてプラスティック製のおもちゃみたいなボードを手に入れたのが6歳の頃だったね。最初に買ったMONSTER SKATEBOARD MAGAZINEが42号だったからほとんど20年前、たしか89年だった。自分の住んでいるところ、トーデンハウゼンじゃなくて隣町だったけど、そこのキオスクにそんな雑誌があったのも奇跡だったと思うけれど、2ヶ月ほどは立ち読みして、3回目で思い切って買った気がする。おこづかいがちょうど雑誌が買えるか買えないかギリギリだったからさ。

___回りには他にもスケートしていた子はいましたか?

Stefan: 学校には何人かいてスケート・シーンみたいなものもあったんだけど、僕はまだ小さすぎて仲間入りはできなかった。でも友達に一人ちょっと詳しい子がいて「カッセルにはスケート・ショップがあるぜ」なんて教えてもらって、すぐにチェックしに行ったり... あとTimo Kranzっていう今でも滑ってるやつが一番のスケート仲間になったよ。実はわりと大人になってから彼とは再会を果たしてね。子供の時みたいに「そのシューズ...」って感じで話しかけられたんだ。キッズの会話の糸口ってまずそこだったよね。スケーターにしか分からないブランドや物を身につけていたら声をかけたり、お互いを認識したりするものじゃない? 

___SMALLVILLE RECORDSに関わっていたり、音楽方面でも活動されていますが、音楽にもその頃から熱中していたのでしょうか。

Stefan: いや、その方面での活動までにはいろいろとあって、音楽での仕事って実はかなり最近始まったことなんだよ。初めてレコード・ジャケットを描いたのは2005年、フランクフルトのPLAYHOUSEというレーベルのISOLEEのレコードだった。

___テクノやハウスにジャンル分けされる音楽ばかりですよね。子供の頃からテクノが大好きだったんですか?

Stefan: いや、全然(笑) これも面白い話で、若い頃はインディー系とかパンクをちょっと、て感じでテクノやエレクトロニック・ミュージックにはまったく興味がなかったし、バカげたものにしか思えなかった。ヒップホップもそうだった。90年代のスケートボーディングにはヒップホップが付きものだったけど、同時にマリファナとも密接に結びついていたから僕には無理だったんだ。そういうイベントに行ってもみんなキメてボーっと座ってるだけで、タバコすら吸わない僕からしたら何しに来てるの?て感じで。パーティーに来たんだから楽しいことしたいじゃない? 僕はアクティブにちょっとハメをはずして楽しみたかった。テクノも同じような感じで当時は理解できなかった。まさか自分がこうしてテクノやハウスのレーベルで仕事するなんて夢にも思ってなかったよ。2003年か2004年にハンブルグでクラブ通いしてた友達にテクノのパーティーに連れていってもらって、当時はまだSMALLVILLEが存在していなかったけど、後に立ち上げメンバーになる数人とも知り合って初めてテクノという音楽を理解できるようになったんだ。テクノにもいろんな分野があって、「知的」という表現もおかしいかも知れないけど、もっと「音楽的」というか情緒があるサウンドも存在していてすごく広い世界なんだってことを知って。その時の驚きや興奮がいまだに続いている感じだよ。現代の音楽シーンやカルチャーのありようがすごくこの世界、まぁ僕は90年代を寝過ごしてしまったけど、今の時代とマッチしているというか、互いに織り合わさっているように思えて。田舎街で子供時代をすごした自分にはやはり理解するのは難しかったんだろうね。クラブとか、都市とか、違ったライフスタイルを通して初めて本質をつかめるんじゃないかな。若いときには理解できなかったものってたくさんあるよね。スケートボーディングでもそうじゃない? 初めて「Video Days」を見たときもなぜサウンドトラックがジャズなのか全然理解できなかった。

___その当時、一番夢中になったビデオやスケーターは?

Stefan: 「Propaganda」(Powell Peraltaのビデオ/1990年作)が当時、一番見ていたビデオだったと思う。Frankie Hillが大好きだったよ。ちょうどKROOKEDからゲスト・ボードが出てるよね。最近、TRANSWORLDのウェブで彼のインタビューを読んだよ。「Propaganda」のラスト・トリックのギャップの着地が自分では気に入らなくて夜にまた撮り直して、そっちが自分では満足いくフッテージになったのに結局ビデオでは最初のテイクを使われてしまったって言ってたよ。あの時代ならではのエピソードだよね。Frankieのあのブルドッグのデッキが欲しくてね。ずっとお金を貯めてて、さぁやっと買えるぞと思って電話したら(当時はウィースバーデンにあったショップに電話で通信販売していたんだ)、そのグラフィックのボードは販売が終了していて、ふたつ目の新しいグラフィックが発売になっていた。でもなぜか思わずその場で「じゃあそれを買います」って言っちゃったんだよ。デッキがどんな形なのか、どんなグラフィックなのかも知らないまま。そして届いたのが「The Van Gogh」モデル。四角い感じのシェイプで、木目でテールの方に小さくFrankie Hillの名前が入っていて、ノーズの辺りにゴッホの切り落とされた耳が描いてあるだけというなんとも奇妙なグラフィックだったけど子供心に「やべぇ」って思ったよ(笑) 完全にイッてるけどね。

___SMALLVILLEではリリースするアーティストを選んだり、レーベルの活動にも深く関わっているのですか? 

Stefan: いや、僕はグラフィックだけを担当していて、レーベルや店の運営は今は四人でやっている。Julius Steinhoff、Peter Kersten(LAWRENCE名義でアーティストととしても活躍)の二人が2005年にまずレコード屋を始めて、僕はロゴやグラフィック面で手伝っていたんだ。当時、ハンブルグにはそういうテイストのレコード(アナログ盤)を扱うところがなくて。それどころか人々はどんどんダウンロードで音楽を入手するようになっていて、DJさえも盤じゃなくてデータでDJし出していたよね。そこで自分達でさらにレコードも出していこうと2006年だったかな?レコードのリリースも始まった。レコードという文化が少しでも残ってくれれば嬉しいし、自分がそれに関われるのも光栄だよ。面白いのはSMALLVILLEのレコードのジャケットはグラフィックだけで、アーティスト名や曲名が書かれていないんだよね。今でも音楽関係のグラフィックで素晴らしい仕事をしていて評価すべきアーティストもいることはいるものの、傾向としてはゴミみたいなものの方が多くなってしまっている気がしていて。ただでさえリリースされるレコードの枚数が減っているのに、良いジャケットの数も減っていってその文化が死に絶えそうで残念でならないんだ。レコード・ジャケットってヴィジュアル・アートにとってものすごく良いフォーマットだと思うんだよね。だからSMALLVILLEの面々が僕にその文化に参加させてくれて、しかも創作面でこれ以上ないくらいの自由を与えてくれるのにものすごく感謝している。経済的にはレコード屋はゼロか下手するとちょっと赤字なくらいで、みんな趣味としてというか無報酬でやっているんだけど、そういう場は絶対に必要だと思う。

___みんな他に仕事を持ちながら運営しているんですか?

Stefan: そうだね。アーティストはDJすることで稼げる。人々は音源は買わないかも知れないけど、パーティーで飲んだり踊ったりするのにはお金を出すし、そういうパーティーのあがりはお金になるよ。ときには店の家賃を稼ぐためにパーティーを企画するくらいさ。SMALLVILLEの音楽ってやっぱりニッチなものだし、プレスも大体1000枚が限度で。アーティストにとってもレーベルは収入源というよりも自分の音楽が世の中に届けられるための手段や装置としてみてくれていると思うよ。「あ、誰々の音源がここから出た、じゃぁまずはDJに呼んでみようか」なんて人に思ってもらうためというか、リリースが一種のプロモーションになっている感じかな。このサイクルの中でお金を稼げるのはプレス工場だけじゃないかな(笑) 僕自身はこの文化に思い入れもあって大切にしたいんだけど、いずれこういうことができなくなるんじゃないかという恐怖も感じている。SMALLVILLEのみんなには高い理想があるし、まだしばらくは続けていくだろうけど、いつか終わりの時がくるのかな...って。レコード・ジャケットも絶滅しちゃったら本当にもったいないと思うね。僕が音楽を本格的に聴き出した14歳の頃にはすでに店の中は全部CDだったけど、どこかレコード・ジャケットに対しては感傷的な想いがあるんだ。CDのブックレットってやっぱり小さいだけだし。今、ダウンロードで音楽を入手することは確かに増えたけど、好きなアーティストの作品はできるだけアナログ盤で探すようにしている。インディー・レーベルだとまだアナログ盤を出すところも多いし。でもたしかに今の世代は「もの」にこだわらなくなってきたよね。

___たしかにキッズはCDやレコードを持つことや集めることよりもライブやフェスで下手すると音楽以外の要素で楽しむことを優先していますよね。

Stefan: 良いライブをするバンドが稼げるのはすごくまっとうなことだと思うし、音楽は本来ライブであるべきだからね。ただ、僕にとってレコードのアートワークはそれこそ芸術品の「エディション」みたいなもので集めて楽しむものなんだ。

___大学を出てから、たとえばグラフィック・デザイナーとしてどこかに就職して働いたことはありますか? 

Stefan: ある意味CLEPTOMANICX(ハンブルグを拠点とするファッション・ブランド。スケートから出発し、近年ではオリジナルのウェアから地元のサッカー・チーム FC ST.PAULI関連のグッズまで出がけている)での仕事がそれに当たるかな。今でもCLEPTOMANICXが自分の収入源だよ。一番「仕事」らしい仕事だね。制約も多いけれど、CLEPTOMANICXには本当に感謝している。ハンブルグの大型スポーツ店で働いていたPitt Feilが1991年にまずはTシャツとステッカーだけ作って、その店に来ていたお客さんにあげたり売りつけたりして無理矢理始まったブランドなんだけど、後で独立して、僕は2003年から本格的に働かせてもらっている。Pittは世界最高の上司さ。

___では、Pontus Alvについてもお聞きしたいのですが、彼とはいつ出会ったのですか? 

Stefan: 彼のことはスケーターとしてずっと知っていたけど、個人的に面識ができたのは2006年だったかな。バーゼルのスケート・コンテストに呼ばれてコンテストのランプを作ったりしていたんだけど、ちょうどそこでPontusもBlack Cross Bowlを地元の人達と作ってて。

___ではそこにいきなりあの棺桶の絵を描いたんですか? 

Stefan: そう。そこで初めて会って、いきなり兄弟になったというか、お互い一目惚れだったというか(笑) 向こうも僕のアートを知ってくれていたのかもね。それ以来つきあいが続いて、たまにマルメに呼んでくれたりするよ。去年の夏も行って、TBS(Train Bank Spotとよばれる、Pontusが地元の仲間と作り上げたスケート・スポット)などに絵を描いてきた。Pontusはヨーロッパのスケート界でも本当に突出した存在だよね。ある意味イカレてるし、頭をかしげるというか、抱えちゃうことも少なくないけれど。

___なにか面白いエピソードはありませんか? 

Stefan: ありすぎるよ! でも彼は滑りもそうなんだけど、Black Cross Bowlを作ったり、地元でスポットを作ったり、ビデオ作品「Strongest Of The Strange」も素晴らしくて。今度の新しいビデオ、2作目の撮影にも少し参加したけど、作品の名前とか知ってる? 

___いえいえ、是非教えて下さい。

Stefan: ちょっと待って...(とiPhoneでメールを探して教えてもらいました。作品名は現時点で「In Search Of The Miraculous」とこれまた怪しげな本のタイトルを引用したのか? 2010年5月15日にはPontusの30歳の誕生会も兼ねたプレミア上映会を開催予定とのこと。)

___Pontusがあなたを訪ねてハンブルグまで来ることもあるんですか? 

Stefan: 4年前から「行きたい、行きたい」と言い続けているけど実現したためしがないね(笑) いつも何かしら忙しいみたい。日程を押さえたけど数日前に「ごめん。やっぱり行けない(Hey MARX, I can't come)」と連絡が来たこともあったよ。Pontusくらいじゃないかな、僕のことをMarxて呼ぶの。芝居じみた感じで「Hey MARX!!」て呼ばれるのはいつも楽しいよ。

___新作にはStefanも登場しそうですか? 

Stefan: 絵を描いてるところも撮影したし、彼が言うには僕はTBSのセクションにも登場するらしいよ。どうなってるか楽しみだね。ハンブルグでのプレミアは僕が仕切るって約束してるんだ。ただCARHARTTがかなりバック・アップしてるから彼らともその辺は話を進めないといけないんだけど。

___新しいビデオはCARHARTTから出るんですか? 前みたいにEMERICAとかは?

Stefan: いろんな会社に援助してもらってると思うよ。ひねられる蛇口(つまりお金を出してくれるところ)はすべて全開にしてるんじゃない? 今のスケート事情からして個人で作品を作るなんて相当に難しいし。

___そうですね、でもPontusをバックアップしているヨーロッパのCARHARTTにはいつも感心してしまいます。

Stefan: でもCARHARTTが今みたいにスケート・シーンに深く関わっているのはLars Greiweのお陰なんだ。彼がほとんどひとりで今の流れを作ったといっても過言じゃない。彼とBertrand Trichet(SUGAR〜KINGPINを経てこの度PAUSEというスケート雑誌をフランスで発刊)だね。この二人はスケートボーディングが何かってことを本当に分かっている。ヨーロッパには何人かそういう重要な人物、自身がスケートボーディングから与えられたものにたいして恩返しをしているというか、深く貢献している人達がいるんだよね。たとえばドイツならCLEPTOMANICXのPittとか、HESSENMOBのChristian Roth、ベルリンのAdam Sello(Anzeigeberlin Informationというスケート・ジンを作っています)とか。あとハンブルグにはTRAP SKATEBOARDS(1992年からあるスケート・ブランド)をやってるRitchie Loefflerもいるね。みんな同じような年代の人達で、スケートボーディングに人生を捧げることを選んだ人達。Larsにはいつも驚かされるよ。「え〜? そんなことにお金つぎ込んで大丈夫なの?」なんてアイディアばかりなんだけど、実現すると本当にすごいものになるんだよね。僕や他にCARHARTTと仕事をするアーティスト達にたいする扱いも素晴らしくて。金銭面でも本当にしっかりしていて手厚い。他のスケート会社でデッキを描く仕事とは比べ物にならないほど。だからPontusみたいにただのスケーターの枠に収まらない人物、立場に自ら進んで登りつめた人に仕事をさせることもできるんだろうね。

___本当にPontusは突出していますよね。彼のファンと同じくらいかそれ以上に彼を忌み嫌う人も多いのですが、彼の存在感と、多岐にわたる地元での活動ゆえじゃないかと思います。彼の回りに集まる人もすごい才能を持っている人達ばかりですし。

Stefan: Pontusに対して「あいつは頭がおかしい」って言う理由はたしかにいくらでも見つかる。でも彼を支えている人達、写真家のNils SvenssonやスケーターのDaniel Hakansson、地元のスケートパークに携わってる人達は素晴らしい人ばかりだし、みんなある意味「struggle」つまり戦っているよね。Pontusはいつも自分が間違った捉えられ方をされているんじゃないかと、ほとんど病的なまでの猜疑心をもって活動を続けているんだ。スケーターとしてもアーティストとしてもちゃんと理解されていないと感じているみたいで。今回のビデオを制作しているときでも、たまにiチャットで「俺もう神経が持たないよ」なんてこぼしていたこともあったよ。エキセントリックで、いつも何かに怒っているイメージだけど、逆に落ち込むことも多いみたい。それを救ってくれるのが良いスケート・セッションなんだよね。自分の思い通りの滑りに到達できたとき、その一瞬を戦い抜いたときにすべてが清算されるんだ。難しい子供時代と、スケーターとしてアメリカに渡ったりしたキャリアを経て地元のマルメを選んだのもある種の覚悟があったと思うんだ。

___インタビューでも「もう地元を離れたくない」なんて言ってましたよね。

Stefan: それに雑誌で展開されるようなコマーシャリズムというか、スケートボーディングの肥大化したイメージも大嫌いみたい。たまにスケート雑誌の広告を「フン」てビリビリと破いちゃったりするよ(笑) 彼も写真を撮ったりするけど、あくまでも自分のためのアートの範囲内だから、雑誌とかコマーシャルな世界からはほとんど相手にされないんだよ。もちろんメイン・ストリームに対してとやかく言うつもりはないよ。スケートボーディングには様々な形があってしかるべきだ。ただ、テレビ・ゲームとかさ、ある意味革命的だけど実際にスケートボードに乗ったこともないような10歳くらいの子供に町中でいきなり「キックフリップやってみせてよ」とか「180」「バックサイド・リップ」なんて専門用語まで言われるとなんだかね... ティーンの語彙にスケート用語が普通に入り込んじゃうのはおかしいよ。

___あなたもCARHARTTとは何か新しいプロジェクトが控えていたりしますか?

Stefan: 今度CARHARTTからデッキを3枚、シリーズで出すことになっているんだ。 一度に複数枚数を手がけるのは初めてだからわくわくしているんだけど、実はその締め切りが迫っていて。 日本にいる間にもLarsから「申し訳ない。東京にいて仕事ができないのも分かっているけど、実はカタログ用にデザインが少し早く必要になって」と連絡も来てたりして、ちょっと困っている。

___ヨーロッパでのアート・シーンやあなたにとってのアートの状況について聞かせて下さい。

Stefan: 自分のアートを取り巻く状況はちょうど変換期に入ったと思う。これまでは小さなギャラリーとか、非ギャラリー的な場所で展示されることが多かった。いろんな国にも行ったけど、地元ハンブルグのギャラリーにも積極的に自分の作品をプレゼンしてきて、2006年から少しづつコマーシャルな、つまり売買を目的としたギャラリーでも自分の作品が扱われるようになってきて、2008年の終わりにKarin Guentherというハンブルグでも若いアーティストを一番良い形でセレクトをしているギャラリーと言われている人に出会ったのが転機になったよ。「自分のギャラリーの所属アーティストになってもらいたい」と言われて、すごく嬉しかったのと同時にちょっと怖かったかな。いわゆるコマーシャルな世界に足を踏み入れたわけで。彼女の元で2009年に大きなショー(「THE NEW OLD GROUP」)をやれてすごく良かったよ。と当時にハンブルグの芸術協会からも声をかけてもらって。

___ちょうど開催中の1年間続く展示ですよね。

Stefan: そう。でもそれはギャラリーじゃなくて博物館みたいな場所で。ドイツには各都市に芸術協会があって、ハンブルグはその中でも1817年創立でもっとも長い歴史があるんだけど、その協会は国の援助も受けつつ、会員制で参加者の会費で動いていて協会は作品のコレクションや売買はせずにいろんな展示や本の出版をする仕組みなんだ。ドイツ以外にもそういうものがあるかなぁ、ちょっと特殊な気がするけど。その協会はコマーシャルな場ではないながらもアート・シーンや市場に影響力を持っているんだよ。そこに2010年度の展示を打診されてびっくりしたよ。でも少し重荷にも感じていた。それまでそういった大きなギャラリーや協会と仕事をしたことがなかったし、さらにビーネフェルドでそれこそヴィヴィアン・ウエストウッドとかすごいブランドばかり参加するTシャツをテーマにしたグループ展の話も出てきて、僕は無謀にも三つとも引き受けたんだよね。眠れない日々が続いたりしてさすがにちょっと参ったよ。やっぱり作品をひとつひとつ、自分の満足いくところまで作るには時間が必要になるし。

___そういう協会の存在は知らなかったですね。

Stefan: 考えてみたら本当にドイツにしかないのかも。でもその独特の伝統のお陰でより広い層の人達に若いアーティストを見てもらうことができるんだよね。ギャラリーなんて限られた人しか行かないでしょ? さらにそこで作品を買う人なんてもっと少ないし(笑) まぁ、今ちょうどそういった世界を知ることになったわけ。今年は東京でショーがあって、同時にロスでグループ展があって、この後オーストラリアでもグループ展があって、ハンブルグでは今年はもうさすがにないかな。ギャラリーで個展をするのも普通は2、3年に一度だからね。あとはギャラリーを通してアートフェア(メッセ〜博覧会)に行くこともある。例えばアート・バーゼルは世界最大で、もっとも権威あるフェアなんだけど、それよりは小さな規模でリステいうフェアもあって、より若いアーティストを紹介する場で、Karinがそこに招待されているから僕も連れていってもらっていろんな人に自分をプレゼンすることになるよ。またちょっとプレッシャーがかかるイベントなんだけど。

___でもどんどんそのアートの世界で活躍していきたいんですよね。

Stefan: もちろん。助かるのは、僕にはCLEPTOMANICXでの仕事があるから自分のアートで生計を立てなくてもよいことだね。自分のアートが売れるかどうかをあまり心配しなくてもいいんだ。もちろん売れた方がいいけど、そこまでプレッシャーはないってこと。Karinはギャラリーで20人も抱えてるから他の人が売れてくれたらいいし、実際に何人かはかなり売れっ子なんだよね。40歳でも新人、てのがまたこの世界の面白いところで僕はまだまだひよっこで入口に立ったところなんだよ。

___そういうアートの世界で「スケートボーディング」というくくりと言いますか、「スケートアート」というレッテルみたいなものは邪魔になったりしますか?

Stefan: いや、それはないよ。アートの世界の人達はスケートボーディングとかTシャツのカルチャーを「知って」はいても、実際にそれがどれほど深くキッズの中で浸透しているか、あるいはどれほどの意味を持つかなんて実情は知らない。でも興味を持ってくれてはいるみたい。ジンのシーンとかもね。

___アート以外の分野、あるいはコラボレーション的な仕事でしてみたいことはありますか?

Stefan: 夢は航空会社とのコラボだね。飛行機のデザインをしてみたい。まぁ実現しないだろうけど(笑) いつか自分でお金を出してもいいからやらせてもらいたいよ。本当に夢物語。でも夢と言えば、僕はプロダクツ面では自分の夢を叶えてきたんだよね。子供の頃からやりたかったことってスケートボート、レコード・ジャケット、そしてTシャツだったからさ。まさにその三つで今でも奮闘しているわけで、最高だよ。本当にシンプルなメディアなんだけど、やっぱり好きだね。あとは自分の絵を通してスケーターとしての夢もどんどん叶えられていてすごく嬉しい。だって自分の名前が描かれたデッキは出てるし、スケート雑誌にインタビューが載ったし、CARHARTTから服やグッズ満載のスポンサー箱が送られてくるし(笑) もう「Yessss!!!」て感じ。いちスケーターとしては到底果たせなかったことだよ。本当にありがたい。あとは飛行機っていう項目にもいつかチェック印を入れなきゃね。 

___ちょっと例が悪いかも知れませんが、例えばスターバックスとか大企業から仕事のオファーがきたことはありますか? そういったお金のにおいがする仕事でも引き受けますか? 

Stefan: ケース・バイ・ケースだと思う。一度、そういうちょっと変わった仕事を引き受けたことがあったよ。2005年にロスのPONYというシューズ・ブランドからきた広告のデザインの話で、正直PONYに思い入れはなかったけれど「仕事」だと思って試しにやってみた。いちがいに「ノー」とは言いたくないかな。広告の仕組みも理解しているし、マス・プロダクツの良さもあるからね。妥協点の多さ、それが良い話なのか、やっぱりバカげているのか、いろんな要素を考慮して判断したい。だってキース・ヘリングアンディ・ウォーホールみたいな例もあるわけで、アートとマス・プロダクツは相互作用で時代を作ってしまうことさえある。簡単にアンチな姿勢をとってしまうのは楽しみを奪う行為でもあると思う。僕だってこの10年間でたくさん間違いをした。でもそこから学ぶわけだし。これもあまり良い例じゃないかも知れないけれど、今回の東京のショーでポートレイトを描く企画を打診されたとき、ちょっと躊躇したんだよね。これまで人に頼まれてポートレイトを描くことはあったけど、その場で描くものに満足することがあまりなかった。僕が描くポートレイトはたいてい本人に全然似てないし、その場でパッと見てすぐに描くのはちょっと苦手というか、少なくとも僕は似顔絵描きではないからね。僕が誰かのポートレイトをギャラリーで売るときには今回の参加費とは桁違いの値段で売るし。まぁ値段は今回問題じゃないか。やっぱり描いてもらった人に喜んでもらえないんじゃないかということが引っかかって。日本でこういうイベントをやるのは面白いとは思ったんだけど。

___ファンが会場に来てくれて、参加もできて楽しめるわけですし。

Stefan: そう、だから少し考えて完全にイエス(ja)でもない、完全にノー(nein)でもない。そういう場合にはいつも「イエス」を選ぶことにしているんだ。「ins kalte Wasser springen(冷たい水に飛び込む)」て言葉があるんだけど、いつもそうやっていろんなことを経験してみるようにしているんだ。ある意味、不注意かもしれないけれど、そうやっていろんな景色を見てみたい。今度の日曜日のイベントだってきっと楽しいものになるんだろうね。どんなチャンスだって生かしたい。こうして東京にきて違った文化に触れて、新しい出会いを経験して、いろんなものを交換しあって、こうしてここでインタビューして、すべてが僕のアートから派生して生まれてくる贈り物みたいなもの。絵を描くというのは孤独で、本来は自分だけのためにする作業だよね。作品が他人にも気に入ってもらえそうなら発表する程度で基本的には一人で完結する世界。だからあえてパフォーマンスと呼ぶけど、ポートレイトを描くということは、ひょっとしたらドイツでならやっていなかったかも。日本や日本の人とは距離があるから、それを突き破る意味でもこのパフォーマンスは何かもたらしてくれそうな気がするんだ。

___僕も楽しみです(参加を申し込んでいましたから)。

Stefan: 前に大学で講義を頼まれたことがあったんだけど、あの時も始まる10分前の自分の緊張具合とかなんとなく伝わってる教室の中の雰囲気ったらなかったよ。もう「あ〜俺のバカ。うまく行きっこないよ。」って感じで。

___でも楽しかったんじゃないですか。

Stefan: うん、はじめの5分はどもったり、緊張したりしたけれど、そこを乗り越えてからは楽しかった。今じゃ大好きだよ。「spring ins kalte Wasser(冷たい水に飛び込め)」だよ。たとえ返ってくる反応がネガティヴなものであってもね。「なんだこの変わった絵は」とか最初に理解を得られなくても、自分にとってはそういう経験を積んでいくことが大事なんだと思う。

___ではいろんな国に行くのは好きそうですね。日本へは今まで何回来ているんですか? 

Stefan: これで2回目。でもまたすぐに来たいね。初めてのときは彼女も一緒で面白かった。初めて見るもの、経験することに誰かと一緒に笑ったり、話し合うことができたりするのは良いものだ。でも今度は絶対に東京以外の場所にも行きたい。

___アート関係や仕事以外で自分で旅行することも多いのですか?

Stefan: いや、いつも仕事やプロジェクトと絡めてるね。いわゆるバカンス、海で1週間とか、ヨーロッパの人が過ごす典型的な旅行はしたことがないんだ。大学を卒業する前からすでに少し今みたいな仕事を始めていたから「休暇」はないままで。どこへ行っても会いたい人、会わなきゃいけない人がたくさんいるからのんびりとはしていられないんだ。もちろん仕事やアートも楽しんでやっているから人にとっての休みや休暇みたいなものだけど、いつかは普通の休暇も楽しんでみたいかな。

___あなたにとって旅の必需品って何かありますか? 

Stefan: しいて言えば僕のRIMOWA大きなスーツケースかな。いつも自分のアートを持ち歩けるように大きめのやつを買ったんだ。そうやって旅先で出会ったアーティストとアートを交換したり、人のアートを集めたりもしてる。チャンスがあればオリジナルのアートも手に入れたいといつも思ってる。あとはただただべーシックな感じ。紙、ペン、着替えに余裕があればスケートボート。今回は日本に持ってこれなかったけど。あとは本とコンピューターかな。そうだね、コンピューターは必要かも。旅先でもできるだけ仕事を臨機応変にこなせるようにしたいから。それにカメラだ。アナログとデジタルの両方持ってるよ。

___行ってみたい国はどこですか? 

Stefan: アイスランドレイキャビック、南米、日本以外のアジア、中国かシンガポールかな。シンガポールは乗り換えで空港に降りたことがあるけど面白かったから。あとは日本に来るときにシベリアとかの上を通ってきたけど、ああいう取り残された自然も魅力的だね。アフリカもいい。そういえばPontusに北欧の本当に北の果てってどんな感じなの?て聞いてみたことがあったんだ。白夜とかさ、どういうものかなって。そしたらPontus達は夏の白夜の時期、北の方まで行って昼間の時間には滑れないスポットを攻めまくるって言ってたよ。

___ああ、なるほど。明るいから撮影は普通にできるけれど、向こうの人にとっては夜中だから誰にも邪魔されないんですね。

Stefan: そう。ちょっと自分達の寝る時間をずらして夜中の3時、4時まで滑ってるらしいよ。街は無人だって。

___日本に来て不思議に思ったことや、面白かったことは何かありますか?

Stefan: まだ東京以外の場所に行ったことがないし、元々日本の文化には詳しい方じゃないから... でもすごいなぁと思うことはたくさんあって。今日もちょうどPittにメールしたんだけど、ヨーロッパにも日本の素晴らしい要素があれば、持っていけたらいいのにと思って。人々のふるまいとか、親切心とか街の静けさとか。東京って全部が六本木みたいに騒がしいところかと思ってたけど、そうじゃないよね。少し路地を入ると静かだし、夜もすごくメロウで静かでびっくりしたよ。車まで静かに走っているみたい。ヴァンダリズムとは無縁だよね。日本人の伝統やしつけの良さから来るのかな。2007年に来たときはSMALLVILLEのPeterも一緒で、日本のそういうところを見習ってSMALLVILLEの店先に鉢植えの花でも飾ってちょっと心地よい空間を作れたらいいねとか話していたんだけど、ハンブルグだと一晩で誰かに荒らされると思う。例えばこっちで電車に乗るとホームにわざわざ駅員が立っていたり、あちこちに人がいて各々が自分の職務をゆるやかに、礼儀をもってまっとうしてる光景には驚かされる。なんか日本では物事がヨーロッパとは全然違う方法で機能していると実感させられるよ。ヨーロッパと違って電車を汚したり、落書きをしたりする人がいないからそれを綺麗にする労力は必要じゃなくて、みんなちゃんと切符を買って電車を正しく利用するからそれに従事する数多くの人々にもきちんと労力分を支払うことが可能になって全体が優雅に機能していけるのかなと想像するんだけど。とっても良いことだと思う。ドイツじゃみんな「Nobody cares」て感じだからさ。週末に路上でビールを飲んだら瓶はそのまま路上に、下手するとわざと割れるようにポイっと捨ててしまうんだ。そのガラスの破片は自転車やスケートボードにとってはたまらなく迷惑な話なんだよ。僕の自転車はいつもパンクしてるし、スケーターにとっては最悪だよね。それに比べたら日本はやっぱりクリーンに思える。それはやっぱり「機能」してるからじゃないかな。もちろんヨーロッパの活気も好きだけど、「公共」に対する概念はかなり違っているよね。こっちで交通事故現場に出会ったんだけど、まず消防車が来てわざわざ路上のオイル漏れの跡を消して、警察官2名で交通整理して、他にも何人もの人が構っていたというか事態にあたっていたのがすごかったよ。みんな協力しあっていて。ドイツならクラクションでも鳴らして「お〜い、通してくれ!」とばかりに誰も事故なんかには構わずに通り過ぎるよ。

___最後にハンブルグに行くならおすすめの場所を聞いておきたかったのですが。まずはスケートするならどこでしょう。

Stefan: ストリート・スポットなら本当に色々あるけど、パークならi-PUNKTスケート・ホール、ここは老舗だね。あとは同じく昔からある公園のPlanten un Blomen、MINUS RAMPS(http://www.minus-ramps.com/)が手がけたFruchtalleeのボウルやFlora Bowlかな。でも僕自身、あまり滑りに行けなくて。もっぱらクルーズだよ。

___港で新しく開発が進んでいるHafencityはどうですか?

Stefan: 難しいね。最初からスケート・ストップがついていたり、スケーターにはやさしくない作りになってるよ。

___他におすすめは?

Stefan: クラブならGolden Pudel ClubとEgo。あとは港を散策して、St. Pauliをぶらつくのがおすすめじゃないかな。芸術協会やGallerie Karin Guentherもあるギャラリーや劇場の集まった港近くの一角も良いし、SMALLVILLEの隣にあるレストランとギャラリーを合わせたBrachmanns Galeronというお店もおすすめ。

___あとはさきほど話に出ていたCARHARTTのデッキのシリーズ以外に控えているプロジェクト、リリース予定は何かありませんか? 

Stefan: CLEPTOMANICXから今年も夏物と秋物が出ることは確実だね。あとはCLEPTOMANICXの新しいビデオ「Rollen Aller 3」かな。 それとLANDSCAPEからも1枚デッキを出すよ。Simon TrueやAndrew Pommierとのシリーズになるよ。

___そういえば「We Love You」というドキュメント映画の予告編も発表されていましたよね。あなたとAdam Sello、Bobby PuleoにPontus Alvの4人に焦点をあてたスケートボーディングとアートの映画のようですが。

Stefan: その映画もきっとすごいものになるよ。4人を分けて捉えているのが面白いし、予告編だけだとまだまだ全貌はつかめないと思う。映画を撮ったFlorian Schneiderはかなりやばいフッテージをたくさん撮っていて、BobbyやPontusの分はまだ撮影中じゃないかな。リリースは多分CLEPTOMANICXの「Rollen Aller 3」と同じ頃になると思う。というのは僕がCLEPTOMANICXと作ったスケート・インスタレーションの映像も撮っていて、Pittはその映像を使ってもいいけど、CLEPTOMANICXより先に発表するのはやめて欲しいと約束を交わしてるはずなんだ。Florianはすごく若いけど映像を勉強していて、なおかつものすごくスケート・シーンにも密接に関わっていて、彼も「分かって」いるんだよね。ヘッセン州からこの映画用の援助金をもらっているからいつかは必ず完成させなくちゃいけないし、近々できあがるはず。彼とは今度のPontusの新作プレミアにも一緒に行く予定で、そこでPontusのパートもまた撮影するかもね。でも本当に出来上がりが楽しみな1本だよ。

___本当に楽しみですよ! 長々とインタビューに答えて下さってありがとうございます。

Stefan: よろこんで。インタビューというか、こうやって話をするのは楽しいよ。こちらこそありがとう! 


このインタビューの後に催されたStefanのポートレイト・イベント、雪まで降った異例の天候が久々に回復した晴天のもとNOW IDeaのバルコニーで本人も楽しみながら無事に執り行われたようです。僕も自分の分を描いてもらい、何人か描いているところも見守っていましたが、出来上がったポートレイトを手渡しする瞬間のみんなの笑みが素敵でした。次は是非ともあの家のキャラクターのランプなど、よりインタラクティブなイベントも開催できたら素敵だろうなぁと夢見つつ、再来日を楽しみにしております!(しかし、アイスランドの火山噴火で帰りの飛行機がちゃんと飛ぶのか〜?)
こちらのリンクでも今回のイベントや彼の作品をチェックしてみて下さい。
http://lousylivin.wordpress.com/
http://cleptomanicx.de/tag/tokio/
彼のデザインが炸裂するCLEPTOMANICX~LOUSYLIVIN' COMPANYのショップ
http://www.clepto-shop.com/
SMALLVILLE RECORDS
http://www.smallville-records.com/
そして僕が完全にK.O.され、Stefanの大ファンになってしまったきっかけとなった2006年のイベント「LE BOXX」の記録
http://www.bryggeriet.org/leboxx/blog.php